道草通信01 10/1からの一週間
1週間の日記に加えて、”五感にふれるもの”という短い所感を綴っています。
10/1
10月は雨のはじまり。少し遠いところへ車で向かうので気を引き締めて向かう。出がけにSNSに気をつけてと書き込んだのが何かを暗示していたかのように、帰り道に鳩を跳ねた。バイパスの塀の外からふわっと舞い降りてきて、慌ててブレーキを踏んでも避けられなかった。ガタンと鈍い衝撃を感じる。車を止められない道なので、そのまま走るしかなくて、サイドミラーで後方を確認すると道に落ちているのが見えた。ショックすぎて何度も最悪だと呟きながら暗い気持ちで帰宅。夫に話を聞いてもらえて少し落ち着いたけれど、はじめての出来事に色々と考えさせられた。出かけた先でお二方がくださった自家製の栗の渋皮煮をつまんで、ちょっとだけ救われた気持ち。
10/2
雨上がり、すっきり気持ちのいい秋の朝。けれどなんだか心がモヤモヤと落ち着かない。午後から思い立って、気になっていた森へ出かけてみたら、想像以上に気持ちのいい景色が広がっていた。こんもりと茂る樹々が草地に影を作っている。遠くまで見渡せばくっきり輪郭をなぞれるのに、足元に視線を移すと見失うほど曖昧になる。その影のあるかなきかの境界を探しながらゆっくり辿って歩く。近くに人の気配もなく、時間が止まったような、どこにいるかさえも遠くなるような感覚。それはわたしにはとても懐かしくて安心な場所を思い出させる。そうしてわたしの日々には静けさと余白が足りていないのかもしれないと思った。帰り道に木立の中を歩いていて、クヌギのどんぐりを見つけた。猫たちの大好きなおもちゃ。そうかこの季節がやってきたなと嬉しくなった。
10/3
夫が調子を崩している。朝晩と日中の温度差にやられてしまったようだ。
庭のことをやったり、苗の買い出しに出かけたり、外にいるとちょうどよく感じたけれど。ずっと室内で座っているとにいるとうすら寒くて頭痛が起きてしまったそうで会社で頭痛薬を飲んだらしい。季節の変わり目は、体も心も揺れやすくて、右往左往してしまう。いつも以上にケアが必要。そしてそれはわたしたちが自然と分かちがたくあるのだという当たり前のことを気付かせてくれる一方で、基盤となる自然の、地球の健康ということにおいては蔑ろにしすぎなのだと思うけれど。
週末の野外でのハンバートハンバートのライブが近づいてきて、お天気の話題が増えてくる。今のところは晴れ、くもり。どうぞお天気持ちますように。
10/4
布団を干すタイミングを逃しつづけ、いまだに薄い夏掛けで寝ていたけれどさすがに朝には足がきーんと冷たくなるほと冷えるので、曇っていたけど風に当てるつもりで外に干し、その後布団乾燥機にかけた。
最近ねこたちが布団に潜り込むようになってきて、わたしの寝不足の日々がはじまった。布団の中は好きなくせに重みが苦手らしい。仰向けで両膝を立ててできる空間が二匹のお気に入り。布団に潜り込んできては膝を立てろとすごい力で足を引っ張ってくる。疲れて横向きに寝返りを打てば、1匹は膝の後ろ辺り、もう一匹は胸の辺りとロックされる。どうにも動きたくなってもぞもぞすると一旦はさーっと外に出ていくも、また戻ってきてわたしの鼻をすんすんしてきて、以下リピートという感じ。いちいち可愛いし、柔らかくてあたたかいものが肌に触れているのは気持ちよくて安心な気持ちにもなるのだけれど、寝不足は辛い。わたしの膝サイズの疑似トンネルでも作るしかないかな。
10/5
気になっていたパリピ孔明を見る。とても面白くて、TVerで続けて2話見てしまった。ドラマ好きの友人に面白かった!とLINEしたら、設定があり得ないけどつい最後まで見てしまったよ、と。これから面白さを共有できる人ができた。来週はリアルタイムに見よう。
最近は夜に夫とYouTubeで『やっべぇ~家、買いました!』を見ている。ドラマや映画の好みが違うのでなかなか何かを一緒に見ることが少ないので貴重な時間。毎日ひとつかふたつ、だんだんと家のリフォームが進んでいく様子が興味深い。
10/6
久しぶりにInstagramを更新したことの記憶以外、もやがかかったような、誰かの一日を俯瞰で眺めるように過ぎていく一日だった。早々にねこたちと布団に潜り込む。
10/7
連休初日。明日から雨が降るらしいので、庭や畑にあれこれ植える。遅まきながらの秋冬野菜は、茎ブロッコリー、ネギ、水菜など。それから宿根草はエキノプス スターフロストというのと、ポテンティラ スカーレットスターリットという花を(名前がややこしい)。今日は裏の小学校では運動会が開催されているようでにぎやかな音が聞こえてくる。何かの数を数える声が聞こえてきて、夫と玉入れかな?と想像する。先日の甥っ子の運動会でも思ったけれど何十年も経っても運動会って変わらない。少しずつ時代に合わせられていることはあるにしても、行われる競技や整列する様子、感動するポイントとか、全体の空気感になんだか不思議な気持ちになった。
夕方から待ちに待ったハンバートハンバートの野外ライブ。
五感にふれるもの
夏の頃の眩しい強い光がくっきりと影を落とす様を見るのは心躍ることだけれど、だんだんと弱まる光が作る木漏れ日はどこかやさしくて、季節の変わり目で揺れがちな心身をほっと落ち着かせてくれる。それは目をゆるませてくれるからだと気付いた。
だいたいいつもパソコンやスマホや本と、何かを見ている時間が長い。加えて割と考えごとの多いことを自覚しているので、頭もぎゅっと締まって目の周りも緊張しやすい方だと思っている。それがこの頃の木漏れ日を眺めているとふーっと目の辺りがゆるんで気持ちがいいなぁと気付いた。そして目元がふんわりゆるむと微かにほほ笑んで、なんとなく気持ちもゆるんでいることにも気付く。楽しくなくても口角を上げて顔だけでも笑顔を作ると気持ちが上向くと言われたりするけれど、それよりも目元を緩める方が自然と笑顔になれるし、無理な感じがしない。体のパーツの中でも目の周りは緊張しやすい部分でもあるし、わたしを含め現代人は目を酷使しすぎているので、木漏れ日で目をゆるませて心もゆるませて、気持ちのいい季節をなるべくすこやかに過ごせたらいい。
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